花の寺・花の名所

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目黒雅叙園・・★紅葉 ★八百屋お七の井戸


2016.12月末  東京都目黒区下目黒1-8-1

■目黒雅叙園の創始者は石川県出身の細川力蔵氏。昭和3年、東京芝浦に料理店を営んでいましたが、昭和6年この地に移転、北京料理や日本料理など大規模な料亭としました。中華料理のターンテーブルは、細川氏の考案とされています。百段階段や階段を利用した各階の座敷宴会場も有名です。以前、假屋崎省吾先生の華道展を観たことがあります。座敷いっぱいに生けられたダイナミックな木々や花、果実が印象的です。現在雅叙園は、ワタベウェディングが経営しています。












●入り口前のロータリー   ●アルコタワー












●もうすぐお正月ですが、通りに近い方に紅葉が残っていてびっくりしました













































●八百屋お七の井戸

八百屋の娘お七(1668?~1683)は、恋い焦がれた寺の小姓・吉三(きっさ、または吉三郎)に会いたい一心で自宅に放火し(自宅が焼けると、吉三のいる寺に避難できる)、放火の罪で鈴ヶ森刑場(現、品川区南大井町)で火刑にされた。吉三はお七の火刑後、僧侶となり名を西運と改め、明王院に入り、目黒不動と浅草観音の間、往復十里(約40km)の道を念仏を唱えつつ隔夜一万日の行を成し遂げた。明王院は現在の目黒雅叙園の敷地に明治13年ごろまでありました。この明王院の境内にあった井戸で西運が念仏行に出かける前にお七の菩提を念じながら、水垢離(みずごり・・行の前に水を浴びて体を清めること)をしたことから「お七の井戸」と言い伝えられています。
















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