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鎌倉宮(ぐう)・・撫で身代わり  2017.5  神奈川県鎌倉市二階堂154

■創建は明治2年(1869)。後醍醐天皇の皇子・護良(もりなが)親王(大搭宮・・おおとうのみや)を祀る。親王は後醍醐天皇が鎌倉幕府倒幕の動きに呼応して、幕府軍と戦いました。鎌倉幕府が滅亡し天皇親政が復活(建武の新政)すると、征夷大将軍に任ぜられましたが、足利尊氏として捕らえられ、28歳でこの地で最期を遂げられました。



























●厄割り石・・盃に大きく息を吹きかけ、石に投げて割り、厄を祓う












●拝殿























●村上社・・村上彦四郎義光公を祀る













●撫で身代わり・・身代わり地蔵が一般的ですが、身代わり武将(村上義光公)は珍しいです。

★撫で身代わりの由来

村上義光公は護良(もりなが)親王の忠臣にして元弘3年(1333)正月吉野城落城の折、もはやこれまでと覚悟を決めた護良親王は、別れの酒宴をされました。そこへ村上公が鎧に16本もの矢を突き立てたすさまじい姿で駆けつけ、親王の錦の御鎧直垂(ひたたれ)をお脱ぎいただき自分が着用して「われこそは、大塔宮護良(もりなが)親王ぞ、汝ら腹を切るときの手本とせよ」と告げて腹を一文字に?き切り、壮絶な最期をとげ、その間に親王は、南に向かって落ち延びました。このように身代わりとなった村上義光公を境内の樹齢103年の欅の大木にて彫り上げ「撫で身代わり」として入魂されました。






























●江ノ電・観光バス























               


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